自由と欲望

この記事は2018年8月4日、10:52に更新しました。

更新内容:終盤の文章を推敲しました。

 

あなたという存在を、その根底から大きく突き動かす欲望。

時には激しい荒波のように、それは突然あなたに襲いかかってきます。

 

ですが欲望そのもの自体は、良いものでも悪いものでもありません。

 

ある観点からしますと、

欲望とは、比較的強くて持続的な想念にしか過ぎません。

 

また、そのような欲望を満たしたくなること自体は、人間としてとても自然なことでもあります。

 

しかし、一つの欲望が満たされては、またさらに新たな欲望が顔を出す。

そんな「際限のない欲望に翻弄(ほんろう)され続けることから解放されたい」と願う人がいても、不思議なことではありません。

「しかし哲学や心理学などといった学問では、そのための根治的な解決策を見出すことができない・・・」

そんな思いからスピリチュアルな物事に興味や関心を持ち始めたという様な人もいることでしょう。

 

しかし、ほとんどの人々は、際限のない欲望を満たし続けていくことに夢中なのではないでしょうか?

そしてまた、そのような自身の在り方にさえ気がついていないのかもしれません。

だからスピリチュアル・ワークと称しながら、引き寄せの法則でもマスターして、欲望を満たしていこうとする方向に走ってしまうのでしょう。

もちろん、それが悪いことだと言っているわけではありません。

この世の生き物としての観点からすれば、それはとても自然なことであるとさえ言えます。

ある種の人たちは、そのような「欲望を満たすことを誰にも邪魔されることなく満たし続けていくこと」を自由だと感じるでしょう。

ある種の人たちは、そのような「欲望(との自己同一化)から解放されること」を自由と呼ぶでしょう。

 

あなたが後者のような絶対的な自由を得たいのであれば、欲望をも含めた想念という荒波に飲み込まれてはいけません。

ですが抑圧するのも良くありません。

後々、必ず、さらに勢力を増して返ってきますから。

 

ならば、どうすれば良いのか?

常に油断することなく注意深くあり、あなたと欲望との間にそれなりの距離の位置関係を維持しておくのです。

 

自己意識目覚めていれば、それほど難しいことではありません。

さらに真なる自己目覚めが進んでくれば、欲望(想念)に対して注意などせずとも、もはやそれがあなたに問題を生じさせることはありません。

 

繰り返しますが、欲望(想念)それ自体は、良いものでも悪いものでもありません。

しかし欲望(想念)と自己同一化してしまうことは、いわゆる魂としてのあなたの眠り、すなわち自己意識としてのあなたの眠りとなります。

そして、自己意識としてのあなたが眠ってしまえば、あなたは欲望(想念)の海の底で溺(おぼ)れてしまうこととなるのです。

 

意識の眠りとは、

無自覚的に「想念自己同一化している意識状態」であります。

意識の微睡(まどろみ)とは、

想念との自己同一化の自覚が時おりありつつも、自己意識の自覚が途切れるや否や、ただちに「想念自己同一化してしまう意識状態」であります。

そして、

真なる自己としての意識の覚醒、

つまり真正なる意味における絶対的な自由、

すなわち悟りとは、

想念(との自己同一化)からの解放」に他なりません。

 

あなたは本当に起きていますか?

もちろん「肉体/精神としてのあなた」のことではありません。

「意識としてのあなた」、つまり「自己意識としてのあなた」に問いかけているのです。

 

あなたは欲望という名の荒波の「上」で、きちんと立つことができていますか?

 

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作曲・編曲・演奏・打ち込み:木幡 等

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