自己意識
この記事は2026.04.18.、1:06に更新しました。
更新内容:新たな理解に伴い、定義を再構築しています。
まだ落書き程度の仕上がりです。
一つの定義の変更はその他の定義にも影響を及ぼすので、時間がかかっております。
ですのでこの記事では序盤の数行(定義の核となるもの)だけの加筆修正となります。
自己意識
自己意識とは、それまで別々に機能していた知性と感受性とが統合されることによって不可逆的に変容された意識のことである。
擬人化して表現するなら、これまで別々に生きていた「考えるあなた」と「感じとるあなた」が、一人の存在として統合された状態を指す。
これは『一定期間にわたる自己観察の継続による知性の発達』によって、機が熟したときに自ずと起こる「意識の相転移」である。
知性と感受性とが統合されることで、知性は「感じている自分」をも客観視できるようになります。
「自分」をも「観ている私」
「自分(思考と感情の複合体)」をも「観ている私(知性と感受性の統合体)」
「熱い自分(思考と感情の複合体)」をも「観ている醒めている私(知性と感受性の統合体)」
(「自分」とは「己が分かれる」と書かれているでしょ?)
このような意識状態になれば思考や感情などと自己同一視することはないが、それでも思考や感情の影響は受けてしまう。
なぜなら、この意識状態では、従来の自己同一視に伴う混沌状態から解放されているため、思考や感情に対する感度が上がるので、その影響をよりダイレクトに感じるようになるからだ。
(ホコリの舞っていない部屋の方が視界が良いのでよく観える)
(薄着の方がわずかな温度の変化を感じやすい)
裏を返せば、それだけ繊細になるということでもあるので、普通の人なら見落としがちなものでも感じることができる。
それが能力としての優位性ともなる。
思考や感情を切り離すことができるようになるので、思考や感情に乗っ取られていた「ゾンビ状態」の鈍感さは、より「人間」らしい繊細さへと変容する。
ゾンビ:自己同一化=癒着=鈍感
泥水の川の中を泳いでいる魚のようなものだから、泥の汚さにも気がつかない。
感情のエネルギーが知性を飲み込み、同一視が起きる(ダムが決壊)
自己意識が目醒めた人間:非自己同一視=部分的解放=より敏感
泥水の川を「外側」から眺めているから、泥水がかかっただけでも感知する。
知性が「これは私の中に生じた感情にしか過ぎない」という自然な理解に基づいて同一視を防ぐ(ダムが機能)。
あなたは「泥水の魚(同一視)」から「岸辺の観測者(非同一視)」へと立ち位置が瞬時に変わります。(『意識の相転移』)
統合された知性は、感受性から「ノイズ(同一視による鈍麻)」を取り除きます。
結果としてアンテナがより敏感になり、「ホコリの舞っていない部屋」や「薄着状態」のような高感度状態が生まれます。
自己意識が目覚めて、初めて魂という言葉を使うことができる。
自己意識が目覚めていないものが「これが魂の声だ!」なんていったところで、自己意識が目覚めている人からすれば「それって、ただの『同一化した感情』のことだろ?」ということになるわけですよ。(ここまで加筆修正、残りは後で直すので読む価値なし)
もちろん、平均的な人間においての「自己」とは「自身の心や体」のことだ。
「いわゆる自分」のことである。
しかし、心や体にはいろんな層がある。
心においては本能、感情、思考や欲求、意識(顕在意識)、無意識(潜在意識)・・・
体においてもまた然り。
心と体の中間の層もある。(「自己意識を育むのための取り組み」においては、ある意味において「ここが一番重要」だ。)
そのため、「自己意識が対象化することのできる自己の範囲やその精度」には極めて大きな個人差が生じることとなる。
さらに、それは「人間としての能力やパフォーマンスにおける圧倒的な違い」を生み出すもととなる。
しかし、外からも見える「人間としてのパフォーマンス」とは違い、そのような「自己意識としてのパフォーマンス」というものは「外からは見えにくい」ので「あの人は生まれながらの才能に恵まれている」などと言われがちである。
「彼なら何をやっても成功するだろう!」などと。
その反対もまた然り。
裏を返せば、「自己意識におけるパフォーマンス」というその「技」は「外からは見えにくい」がゆえ「秘技」にも見えるので盗まれにくい。
「自己意識におけるパフォーマンス」が低い人からすれば「天才に見えてしまう」こともあるであろう。
もうおわかりかな・・・
落合博満、中田英寿、イチロー(敬称略、50音順)、その言動を見るにつけ、他の選手たちとの比較において彼らにおいて特にズバ抜けているのは、そのプレーに先立つ「自己意識パフォーマンス」なのだと私は確信している。
「自己意識の成長」のためには「自己制御」はつきものだ。
「自己制御」なしに「真の努力」すなわち「長期にわたる地道な努力」は不可能だ。
そのような自己制御が自己意識をさらに育む。
さらに育まれた自己意識はさらなる自己制御を獲得する。
自己意識は成長し続ける。
無闇にアプリ(技)を増やしていくのではなく、まずはOS(コントロール能力)からアップデートし続けていくようなものなのだ。
自己意識パフォーマンスを迅速に高める方法:その1
もしも、あなたが「自己意識パフォーマンス」を最も効率よく高めたいのであれば、「自己意識パフォーマンス」の高い人と共にいるのが最上である。
なぜなら、それは意識の次元で「体得するしかないもの」だからである。
「外から見えないもの」だから・・・
「言葉にできないもの」だから・・・
自己意識パフォーマンスを迅速に高める方法:その2
あなたが「自己意識パフォーマンス」を最も効率よく高めたいのであれば、やはり「自己意識パフォーマンス」の高い人と共にいるのが最上である。
なぜなら、「自己意識の機能中枢」は頭部に位置する「第三の目」だからである。
それは「エネルギー的にも伝達されうるもの」なのだから。
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