「透明で純粋な心」それが「本当のあなた」

がっくりさんorz/45歳/女性/京都府在住/探究歴:3年

この記事は2020.2.23、17:00に更新しました。

更新内容:「2020年1月11日~13日/特別セッション」のご感想を掲載いたしました。

 

以下のご感想は、がっくりさん orz から事務局宛(あて)に頂いた掲載用のご感想を、ご本人様のご許可をいただいて掲載させていただいたものであります。

また、ご本人様のご許可をいただいた上で、原文の真意が読者に伝わりやすいよう加筆修正も行っております。

目次

関連記事:「ノーコンタクトでの直接伝達」伝達時とその後の感想

 

2018年10月28日/スカイプでのサイレンス・セッション/第1回目を終えて

2018.6.10の「ノーコンタクトでの直接伝達」以降、10.28に初めて木幡様のスカイプでのサイレンス・セッションを受けました。

以下、感想を記載します。

 

目次:スカイプでのサイレンス・セッション/2018年10月28日

  1. 木幡様について
  2. サイレンス・セッションでの「言葉による伝達」
  3. サイレンス・セッションでの「直接伝達」
  4. 「直接伝達」その後の変化
  5. 生徒側の責任

 

1.木幡様について

お写真や「言葉による伝達」から受ける木幡様の印象(ちょっとコワそう・・・|д゚))や私が話し下手なことから、対話がきちんとできるか不安だったのですが、カメラの向こうに現れた木幡様は「やんちゃな少年がそのまま大人になった」ような、きらきら(☆v☆)な目をした、快活でまっすぐな印象の方で、すぐ打ち解けてお話ができました。

セッションを通してのお話は、悟りや死という真面目なお話から、歴史や芸術、果ては占いや恋愛談義まで幅広く、その博識さ、ユーモア、頭の回転の速さには感心するばかりでした。

また先生としてのお顔だけでなく、幼少期や青年期のお話、家族との関係、「苦悩した探究時代」のお話などを通して、ご自身の様々な側面を、初めて会う一生徒に見せて下さいました。

お話はテンポよくスピーディーに進んでいく一方で、生徒側への配慮や気遣いも常にあり、安心かつ集中してセッションを受けることができました。

 

2.サイレンス・セッションでの「言葉による伝達」

「(サイトでの)言葉による伝達」に掲載されているお話でも木幡様から直接伝えていただくと、その意味がより深く自分の中に浸透しました。

特に想念や感情に無意識にコントロールされていることの怖さや虚(むな)しさを改めて痛感できたこと、また悟りに至る過程での「気づきの引き戻し」、転生するとは何を意味するか、等のお話は、今後の基盤となる知識となりました。

 

3.サイレンス・セッションでの「直接伝達」

セッションの後半で「沈黙による直接伝達」をしていただきました。

「沈黙による直接伝達」の開始直後、木幡様の瞳を見つめていたのですが、その瞳は今までの快活にお話されているときの「きらんきらん☆」とした様子とは打って変わり、何も映していない、何も読み取れない瞳でした。

その後まもなく、自分が存在している空間が「ぐわん」と一度大きく揺れ、目を閉じると、今いる空間ごと、どこかへ放り出されたような感覚になりました。

座っていたので問題ありませんでしたが、立っていたら眩暈(めまい)でかなりフラフラしたのではないかと思います。

 

4.「直接伝達」その後の変化

以下は10/28のセッション後の変化です。

 

10/29~10/30

「くらくら (@_@;)」が継続。

身体が沈み込んでいくような感覚が生じていました。

 

10/31

木幡様から伺(うかが)った「夢もこの世も全て、自己の意識の上に映るものに過ぎない」というお話が感覚的に実感でき、切なくて号泣 (T_T) してしまいました。

 

11/2

朝、体の中が空洞になったように感じ、「今まで『実体のない自分』を生かしておくために奔走(ほんそう)してきたんだ」という思いがわき起こってきました。

例えるなら、とても小さい頃にもらったプレゼントを片時も離さず、ずっと大切に、傷つかないように何十年も守ってきたのに、そのプレゼントの箱の中を今日始めて見てみたら、何も入っていなくて愕然(がくぜん)とした、というような感覚です。

その無力感にしばらく大泣きし (T_T)、その後、笑い ( *´艸`) が止まらなくなってしまいました。

守らなければならない、幸せにしなければならない「個人としての私」が、身体の中に確実にいる、と思っていたのに、それは私が作り上げたもので、実在してはいなかったようです。

 

11/3

昨日の体内が空っぽな感覚から、体内が浄化された感覚に変化し、また、自分の中から安心が溢(あふ)れてくるような場所があることを発見しました。

 

5.生徒側の責任

「(サイトでの)言葉による伝達」や「ノーコンタクト・セッション」ももちろん効果はあるのですが、木幡様と直接お話をすることで、木幡様の想いも含め、伝達されたものの「重み」をひしひしと感じ、私の中で何かが切り替わったように感じました。

伝達していただいた何か、それは、私一人では見つけることができなかったもので、「私なんかが受け取っていいのかな?」と思うほど貴重なものです。

たとえるなら、お釈迦(しゃか)様が慈悲(じひ)で与えた蜘蛛(くも)の糸のような・・・

私が最後まで登りきれるか、おとぎ話の展開の通りに途中で切れてしまうかは神のみぞ知る、ですが、木幡様がご自身の人生を捧げて到達されたところから惜しみなく授けてくださった宝物と丁寧に向き合い、大切に育てていきたいと思っています。

 

木幡様と出会わせてくださった「何か」と木幡様には本当に感謝しております。

この感想を読まれている多くの方に、「木幡様」と「純粋意識」に直接触れて、「個人」の枠を超えたご自身のより大きな可能性に気づいていただければと願っています。

 

2018年11月22日/直接対面でのサイレンス・セッション/第2回目

2018年11月22日に、出雲で木幡様に直接お会いしてサイレンス・セッションを受けました。

 

これまで、「ノーコンタクトでの直接伝達」と「スカイプでのサイレンス・セッション」を受けましたが、今回、木幡様との直接対面において直接伝達していただいたものは、過去のそれとは全く違ったものでした。

 

過去のセッションでは、直接伝達時に「グラグラする」「普段とは違う空間へ移行した感じ」等の「感覚」の変化があり、それがトリガーとなって翌日から自身に対する認識や思考の癖(くせ)、感情、エネルギー状態等に変化があらわれ始めるというものでした。

 

しかし今回は、その場で直接、ある場所へと導かれました。

そこは『意識としての私』しかいない場所でした。

 

淡い光に占(し)めらた穏やかで境界がない場所で、そこにいれば自身が乱されることが全くなく、私はその空間に溶(と)けていくようでした。

「沈黙による直接伝達」の開始後わずか数分で、なんの衝撃もなく「気がついたら、そこにいた・・・」という感じでした。

 

そしてこの場所は、個人としての「従来の私」とは全く何の関係もないところでした。

「従来の私」が成長して、浄化されて、たどり着くところ、ではなかったのです。

「従来の私」が何かをしようが、何もしまいが、成長しようがしまいが、『この場所にいる「本来の私」』とは何の関係もない。

全く関係なかったのです。

個人としての「従来の私」とは、たとえるなら『この場所にいる「本来の私」』の表面にただペタンとくっついている落ち葉の欠片(かけら)みたいなものでした。

 

この場所は私一人では絶対に到達できなかったどころか、想像もできなかった場所でした。

ここが探求者が求めているゴール(もしくはそれに近い場所)なんだとしたら、私は今まで目的地を知らないまま、放浪していたようなものだったんだ、と愕然としました。

 

悟りに最短の道というものがあるのなら、この『ゴール』を知って、『この場所にいる「本来の私」』と一体化するために「従来の私」をただ忘れることではないかと思うぐらいです。

(記憶が曖昧なので正確な表現ではないかもしれませんが、)ラマナ・マハルシが「悟るためには自分を詳しく知る必要があるのでは?」というようなことを問われて「これから捨てるゴミを詳細に調べる人はいますか? ただ捨てればいいだけ。」というような回答していますが、この意味が本当によくわかりました。

 

私は、自身の精神的・肉体的問題等、「個人としての私」の「傷」や「弱点」に向き合って克服し、「従来の私」を向上させることが強くなること、成長すること、ゴールに近づくことだと考えていました。

しかし今回のセッションで、個人としての「従来の私」に問題があっても「悟り」とは関係がない、「問題のある従来の私」ごと置き去りにすればよいのだ、と理解できました。

よって「従来の私」になるべく意識を払わないで『この場所にいる「本来の私」』に留まり続けること、つまり覚者たちが口をそろえて言うように『この場所にいる「本来の私」』に明け渡すことが最も大切なことであると再認識しました。

 

もちろん「個人としての従来の私を置き去りにする」なんて普通に社会で生きていく上では簡単なことではないですが、木幡様の「(今のあなたにとっては)『この場所にいる「本来の私」』だけが唯一価値のあるもの」という言葉を支えに明け渡しを継続していきたいと思います。

 

修行経験のない私に、このような直接伝達をされる木幡様の能力には驚くばかりです。

本当に有難うございました。

 

2019年12月28日/スカイプでのサイレンス・セッション

木幡先生の個人セッションを受けるのは約半年ぶりでした。

久しぶりにお会いした木幡先生は、以前の少年のような印象とは変わり、堂々とした風格が漂(ただよ)う先生となっておられました。

 

私自身のこの半年間といえば、仕事が忙しく家族にも問題が起こり、落ち着かない日々を過ごしていました。

悟りどころか、精神的な問題も解決せず、セッションではネガティブなお話ばかりをしてしまいました。

 

その後、先生から「沈黙による直接伝達」をしていただきました。

ですが伝達中におきましては、私にとってはいつものことながら、明らかに何かを受けとっているといったようなエネルギー的な体験などもあまりなく、伝達後はそのまま会話に戻りました。

 

そして、伝達から10分以上経った頃でしょうか・・・

理由もなく、突然はらはらと涙がこぼれてきました。

 

「これは何の涙だろう?」と思うのも束の間、胸を中心として球状に広がる微細な「エネルギーの場」というようなものができていることに気づきました。

形容しがたいのですが、胸のこのエネルギーの場から感じるものは、明るく、清々しいものでした。

そして、個人的な想いを超えて、全く非個人的で公平な想いのようなものが溢(あふ)れ出してきました。

 

私がそのことをお話すると、先生はニコッとされ、「ようやく効(き)いてきたみたいだね・・・ 今回はハートの直接伝達をしました。」と仰(おっしゃ)いました。

 

自身にとって初めての「ハートの直接伝達」を受け、私個人の不安や想念は追いやられ、個人としての私を超えた何かが、私自身の中に立ち現れてきたような感覚でした。

それは、たとえば、長年にわたり何かを信仰した結果に現れてくるような尊(とうと)い何か、ではないかと思えるものでした。

感動を覚えると同時に、先生のこの半年間の進化を目の当たりにした体験でした。

 

個人的な悩みから始まったセッションでしたが、最後には全く個人的ではないものを体験するという大変貴重なセッションとなりました。

 

ありがとうございました。

 

2020年1月11日~13日/3日間の特別セッション

2020年1月11日からの3日間、木幡先生の特別セッションを受けさせていただきました。

昨年12月28日のサイレンス・セッションにおいては、私の問題は「ハートの未発達」にあると先生は判断され、「ハートの直接伝達」をしてくださいました。

その流れを受けた今回の特別セッションでは「ハートの部分がテーマになるね。」と、あらかじめ伺(うかが)っておりました。

 

ですから今回の特別セッションでは、「『臨在による直接伝達』と『自然発生的に生じるハートの直接伝達』の効果を最大限にする」という先生の意図による同意のもと、「沈黙による直接伝達」や「手かざしによる直接伝達」などはあえて一切おこなわず、一般的な会話をしながら時間が過ぎていきました。

もちろん先生のユーモアのお陰で、特別セッションといえども大変リラックスした状態で、私も今までになく、色んなお話ができたように思います。

 

他の受講者の方々もご感想に書かれていますが、そのような特別セッションの1日目には得に大きな変化は感じませんでした。

 

ですが2日目には、少し現実の世界が遠くなるような感覚となってきました。

それと同時に、徐々にヘッドセンターが強くなっていくのも感じていました。

 

そして3日目の午後、私が何もない空間に浮いているような、そして何かにゆっくりと吸い込まれていくような感覚となりました。

先生は私の内的状態を理解していらしたようで「それが引き込みだよ。」と教えてくださいました。

 

その空間は今までに感じたことのないもので、「突然、その空間が開いた!」という状態でした。

その何とも言えない空間にいる私(自己意識)も今まで認識していなかったものでした。

 

そこで、私は今まで「自己意識」や「引き込み」という木幡先生の言葉を、誤って自己流に解釈していたかもしれない、と気がつきました。

 

通常の私は、この三次元の世界にいる肉体や精神としての「従来の私」しか感知できません。

したがって、自己意識も引き込みも「従来の私」の延長線上で起きること、と勝手に解釈していました。

でも、自己意識としての「本来の私」が本当にいる場所は、今までの私が感知していない場所にあり、この引き込みは、この三次元の世界にいる「従来の私」とは、ある意味全く関係なく起きることだったのです。

(これはもちろん、自己としての「本来の私」がさらに進化していけば自然に理解できることなのでしょう。)

 

多くの覚者が「『通常のあなた』と『本来のあなた』とは何の関係もない」というようなことを話されていますが、「引き込まれていく『自己としての本来の私』と通常の『肉体・精神としての従来の私』との断絶感」は、それを実感させてくれるような貴重な体験であり、とても衝撃的なことでした。

 

今回の特別セッションにおいて「引き込み」の始まりを体験しただけで、これだけ「従来の私」との断絶を感じるのですから、木幡先生が意識として存在していらっしゃる所は、どのような場所なのか、私には想像もできません。

 

その後の経過

特別セッションが終了し、予定通り帰宅しました。

 

翌朝は出勤のため、通常通り身支度をし、朝食をすませました。

3日間のある種の緊張が解けたせいか、食後に眠くなってしまい、10分ほど居間のソファーで横になり眠ってしまいました。

 

そして目が覚め、起き上がろうとしたのですが、身体内部の微細な振動と意識が引き込まれるような感覚でまともに立つこともできず、そのまま横になっていました。

このようなことは全く初めてのことで、自分に一体何が起こっているのか検討もつかず、当初は動揺したのですが、しばらくして、ふと以前、個人セッションで先生に伺ったお話が思い出されました。

 

それは、プンジャジの「覚醒の炎」という本の『38ページ15行目~46ページ最終行』に出てくる、プンジャジに会った後、家に帰る意志を失くしたどころか、食事も取ろうとはしなくなった女性の話です。

「この状態はプンジャジの言うところの『真我への没入状態』、すなわち『強度の引き込み』が起きていることの一例です。」と先生は仰(おっしゃ)っておられました。

 

私の今の状況はこの女性ほど極端ではないにせよ、身体を動かしたくない、外部のことに意識が向かわない(その結果、想念にも巻き込まれない)などという共通点からも、セッション3日目から感じ始めた引き込みが継続していることが推測されました。

結局その日は会社を休み、一日中横になったまま動けませんでした。

 

その翌日以後、日常生活に戻ってからも、仕事内容により、強弱の変化はありながらも、引き込まれるような感覚は継続しています。

 

そして2月6日の「純粋意識の直接伝達」の翌日からは、さらに強い「引き込み」を感じています。

またノーコンタクト・セッションにも参加させていただいていますので、これまでは感じることのなかった「純粋意識の流入」の感覚も強まっています。

 

「ヘッドセンターの直接伝達」や「純粋意識の直接伝達」での「ノーコンタクトでの直接伝達」でも、継続して受けていると変化がありますが、「特別セッション」での「臨在による直接伝達」、そして木幡先生と直接お会いしたことに由来する変化は比べ物にならないぐらい大きいことを改めてひしひしと感じています。

 

 

関連記事:「ノーコンタクトでの直接伝達」伝達時とその後の感想(がっくりさんorz/45歳/女性/京都府在住/探究歴:3年)

 

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