神の裏をかく
この記事は2018.9.16、12:36に更新しました。
更新内容:ささやかな推敲をしました。
一人で取り組んで、悟りを実現するのは簡単ではない。
なぜなら、「神(自然の摂理)の裏をかかなくてはならない」から・・・
つまり、あなただけがこの世界のエネルギーや重力の流れに逆らい続けなくてはならない。
ある地点に到達するまでは・・・
それは今までのあなたの生き方や在り方とは、真逆の生き方・在り方を要求してくる。
だから昔から「正しい知識のある探求者」は、出家して「マスターのエネルギーの影響下」に入ろうとしてきたわけである。
「神の裏をかく」
なんなら、
「悪魔をあざむく」
そう、言い換えてもいいだろう。
それは、
「人間としてのあなたの裏をかく」と言うこともできる。
真なる自己の目覚めの継続にとって不可欠な「聖なるものへの明け渡し」の過程においては、「肉体/精神のあなた」のニーズをも満たしてやりつつ、それらを置き去りにしていくというような、ある意味での騙(だま)しみたいなものも必要になるからね。
それらのニーズを完全に無視して抑圧すると、肉体/精神からの「倍返しの反撃」に合って目覚めの邪魔をされてしまうのでね。
神が作った肉体/精神としてのあなたの裏をかく・・・
肉体/精神としてのあなたを力づくで抑えつけるのではなく、エサはきちんと与えて満たしてやっているからこそ、それを置き去りすることができるわけです。
そういう意味での臨機応変な「直感的な知性」や「恩寵による導き」が必要となります。
つまり「純粋さ」だけではなく「したたかさ」も必要となる。
それらすべてを含めて「成熟するということ」が必要になる。
天使のように大胆に・・・
悪魔のように細心に・・・
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