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閉園まぎわの遊園地~被り物の誘惑~

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真正なる意味における探求者とは、想念に誘(いざな)われて迷子になってしまったことを自覚し始めた魂たちのことです。

 

幼い魂である私たちは、両親と一緒に遊園地にやって来たのはいいが、可愛いキャラクターの被(かぶ)り物を被(かぶ)った見ず知らずの人について行ってしまい、いつの間にか最愛の両親を見失ってしまった孤独な子供のようなものです。

そして閉園時間が迫ってくると、その日の仕事を終えるべく被り物を脱ぎ捨てた赤の他人が姿を現します。

自らの役目を終えて、可愛い被(かぶ)り物を脱ぎ捨てた、ぶっきらぼうなその人は、もはや華やかな明るいキャラクターではありません。

もはや、あなたに興味すら示してくれません。

 

そこでようやくあなたは、自分の過ちに気がつきます。

 

「お父さ~ん! お母さ~ん!!!」

 

閉園まぎわの遊園地にただ一人取り残されていては、

誰もが孤独で不安になってしまうものです・・・

 

 

「この世」という巨大なる遊園地において「離(はな)れ離(ばな)れになってしまった最愛の両親を探し出すこと」が探求スピリチュアル・ワークなどと言われ、「最愛の両親のもとに帰って本来の自分らしく安らいでいること」が悟りと呼ばれています。

 

 

ですから「私(木幡等)」は、この巨大なる遊園地(この世)においては迷子係となり、「迷子となってしまったことを自覚している子供たち(探求者)」を最愛の両親のもとへと案内しているわけであります。

可愛いキャラクターの被(かぶ)り物を被(かぶ)った見ず知らずの人(想念)に、もう二度とついて行ってしまわぬようにと、注意喚起をも、し続けているわけであります。

 

「もう大丈夫だから・・・ 迷子係である私(木幡等)についておいで・・・」

「またしても可愛いキャラクターの被(かぶ)り物を被(かぶ)った見ず知らずの人(想念)に心を奪われて、迷子係である私(木幡等)をも見失わないようにね・・・」

 

あなたが可愛いキャラクターの被(かぶ)り物を被(かぶ)った見ず知らずの人(想念)について行ってしまえば、行き着く先には「閉園まぎわの遊園地」で味わうこととなる「儚(はかな)い夢(想念)の終わりの孤独」が必ず待ち受けています。

以上のような現実を、身に染みて理解している人こそが、成熟した探求者というものです。

 

可愛いキャラクターの被(かぶ)り物を被(かぶ)った見ず知らずの人(想念)とは、被り物によって可愛いキャラクターを装(よそお)っただけの赤の他人です。

 

家族連れでにぎわう遊園地において、どんなに彼らが煌(きら)めいて映っていようとも・・・

 

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