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瞑想のコツ~想念の罠にかからないための対処法について~

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この記事は2020.7.8、18:30に更新しました。

瞑想のコツ~想念の罠にかからないための対処法について~

瞑想中には、ふと、なにかとても重要なことだと思えるようなことが浮かんでくることがよくあります。

ですが、あなたがそのことについてを考え始めると、それはもはや瞑想ではなく、ただの考え事になってしまいます。

それが、たとえ崇高(すうこう)なビジョンやメッセージについてであっても同様、考え事は考え事でしかありません。

 

瞑想中には、その内なる静けさよりも重要なものなどありません。

ラマナ・マハルシ「沈黙こそが最上の教えである」と言っているのは、まさにこのことです。

(直接伝達も、沈黙(内なる静けさ)を伝達することですから同義です。)

 

その最中に、なにかとても重要なことだと思えるようなことが浮かんでくる。

そこで、あなたは魂としてのあなたの進化にとって、最も大切なものである、その内なる静けさの継続を選ぶのか?

それとも、人間としてのあなたにとっての重要なことだと思えるようなことを選ぶのか?

それは、その内なる静けさを断ち切ってまで、考えるに値するものなのか?

つまり、魂としてのあなたの地道な進化を犠牲にしてまで、考えるに値するものなのか?

等々・・・

 

このように、人生という長い旅路が選択の連続であるように、瞑想という内なる旅路もまた、ある種の選択の連続であるのです。

ですから瞑想中に(論理的思考によって)考えてはいけないが、知性は働いてなければならないのです。

 

たとえば瞑想中、知らず知らずのうちに思考に巻き込まれている時などにおいては、思考に巻き込まれていることを自覚し、思考から離れなくてなりません。

そのためには、直感的知性による気づきが必要となります。

さらに、そのような直感的知性による気づきを自ずと生じさせるためには、「瞑想中に考え事をしてはいけない。なぜなら、瞑想中にあなたが考え事をし始めると、それはもはや瞑想ではなく、ただの考え事、すなわち思考の迷走になってしまうのである。」などといった正しい知識を持っておかねばなりません。

また、そのような知識が正しい知識であるという理屈を理解するためには、文章を論理的に理解する論理的知性が必要となります。

 

このようなことからもおわかりのように、瞑想中には(論理的知性によって)考えてはいけないが、直感的知性による気づきは必要なのです。

つまり、瞑想時における知性の働きにおいては、”左脳的(言語的)知性活動”は必要ないばかりでなく、少しばかりの”左脳的(言語的)知性活動”さえも内なる静けさの妨げとなるが、”右脳的(非言語的)知性活動”の連続性は必要不可欠であると言っても良いでしょう。

(高次の知性をも含めたすべての知性活動が完全に眠っていたのでは、ただぼーっとしている状態と変わらなくなってしまいます。)

 

そんな、内なる静けさを断ち切ろうとする思考(想念たち)の群れ・・・

 

ですから、瞑想中にわき起こることの全てがあなたに瞑想を続けさせないための罠(わな)だと思ってください。

魂としてのあなたの進化を阻(はば)むための落とし穴だと思ってください。

 

なぜなら、あなたが何も考えずに瞑想を続けていると、つまり想念たちを相手にすることをやめ続けていると、あなたからの関心というエサをもらうことのできない想念たちは生き延びることができません。

想念に関心を向けるということは、想念に意識を向けるということです。

意識とはエネルギーでありますから、あなたが想念に意識を向けるということは、あなたが想念にエネルギー(エサ)を与えるということになるのです。

 

ですから、その時に深追いをして考え事を始めてしまうようなことはせず、そのまま瞑想を続けるということは、とても良い判断なのです。

そのように、「メッセージが現れたけど、どうしようか?」などと考えることすらなく、即時に正しい判断をすることができる”直感的知性”というものが、瞑想などをはじめとした自己探求においては、とても重要となるのです。

なぜなら、瞑想時や直接伝達の最中に”言語的知性”や”論理的知性”で判断をしてしまうと、言語(想念)や思考活動に巻き込まれてしまいますからね・・・

 

そのような直感的判断ができない人、すなわち瞑想中や直接伝達中に(論理的判断をも含めた)言語的判断してしまう人たちのためにも、私は知性を鍛えろと言い続けているのです。

ましてや論理的判断”ができない人の”直感的判断”などというものは、極めて精度の低いただの勘(かん)のようなものでしかありません。

それではまるで、大量のカラスの群れに石ころを投げているようなものです。

当たりそうでも、当たるはずなどありません。

 

重要なポイントのまとめ

瞑想中において

● 真なる瞑想においては、その内なる静けさよりも重要なものなど何もない。

● 瞑想中にわき起こる想念(思考やビジョン)は、あなたの内なる静けさの連続性を妨害するための騒音なのである。

● 瞑想中にわき起こる想念(思考やビジョン)は、あなたに瞑想を続けさせないための罠(わな)である。

● 瞑想中にわき起こる想念(思考やビジョン)は、魂としてのあなたの進化を阻(はば)むための落とし穴である。

● 瞑想中にわき起こる想念(思考やビジョン)は、(”魂としてのあなたの安らぎ”の源である)内なる静けさを奪うための”悪魔のささやき”なのである。

瞑想時における知性の働きにおいては、少しばかりの”左脳的(言語的)知性活動”さえも内なる静けさの妨げとなるが、内なる静けさとのつながりを維持するための”右脳的(非言語的)知性活動”の連続性は必要不可欠である。

 

”直感的知性の重要性”について

● 瞑想中に、”言語的知性”によって判断をしてしまうと、あなたは思考(想念)や思考活動に巻き込まれてしまうこととなる。

● 日常生活において、”言語的知性”ばかりに頼った判断ばかりをしていると、あなたは思考(想念)から離れることが難しくなってしまう。

原則として、瞑想時には”言語的知性”を使ってはならない。

● 瞑想中のみならず日常生活においても、思考や感情などに巻き込まれないため(および巻き込まれた時のため)には、”直感的知性による気づき”だけは途切れさせてはならない。

● 瞑想中のみならず日常生活においても、途切れなき”高次の気づき”を維持するためには”直感的知性”の働きが必須となる。

● ”直感的知性”を高めていくためには、その部品となる”言語的知性”や”論理的知性”をも高めなければならない。

● ”言語的知性”や”論理的知性”を正しく使うためには、その材料となる”正しい知識”が必要となる。

● ”直感的知性が高いということ”と”学校教育においての勉強ができるということ”は、必ずしも比例するものではない。(東大生にも、左脳的思考しかできない、そのような意味においての”知性の低い人”はたくさんいる。)

 

”正しい知識”の重要性について

● ”直感的知性”を正しく使うためには、”正しい判断材料”としての”正しい知識”を持っていなければならない。

● ”正しい判断”ができれば、「何が間違いであるのか」をも判断することができるようになる。

● たとえ”直感的知性”が低くても、”正しい知識”を持っていれば、「何が”間違った知識”であるのか」をも知ることできるようになる。

 

「”瞑想中に考えないためのコツ”を知りたい!」

 

「”知性の重要性”についての理解を深めたい!」

 

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