知性
知性とは
頭(知性)
認識する機能 ── 能動的機能(動的)
肉体における中枢は頭部にある。
「3つに分裂した私」という文脈においては「考える私」のことである。
思考とは
「思考」とは知性という機能における活動である。
よって、それは「動き」である。
ゆえに「思考と同一化している人」の頭の中は騒がしいのです。
ちなみに、想念は知性や感受性にとっての対象物となります。
自己の派生における階層図
思考 ← 知性
↑
感受性
↑
存在性
上記の階層図からもおわかりのように、
思考とは「知性から生じる現象」にしか過ぎず、根っことでも言うべき存在性から最も離れた枝葉のような位置に属しています。
物理的に考えても、そんなものと同一化していたら安定するはずがありません。
ちなみに目覚めに関する翻訳物において「マインド」と呼ばれているものは、これらの機能や活動についてをザックリと示しているのでしょう。
私は興味がないので読みませんが・・・(苦笑)
知性の死角
知性は「認識できないもの」を「ないもの」として決めつける性質があります。
そして、まさにこれこそが存在性が忘れ去られた原因なのであります。
長年にわたる「知性主導の在り方」によって、存在性は「ないもの」として無視され続けてきました。
知性にとっても自身の基盤であるにも関わらず。
「考えてばかりいるあなた」「知性に乗っ取られたあなた」はきっと「親を見失った子供」のように「迷子」になっているのでしょう・・・
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