「目覚めや恩寵の訪れ」のサイン

「人間としての目覚め」である「自己意識目覚め」ではなく、「霊性としての目覚め」である「真なる自己目覚め」は、恩寵という他力なしには訪れません。

つまり真なる自己は、あなたの意志に基づいた自力によって目覚めさせることができないという意味であります。

 

そのような意味での目覚めという恩寵が、あなたには訪れているのかどうか?

言い換えるなら、今のあなたに起きている目覚めとは「真なる自己としての目覚め」であるのか否か?

その見極めはとても大切なことであります。

 

では、どのようにして見極めるのでしょうか。

それはあなたの内部において、「聖なるもの目覚めているかどうか」が唯一の指標となります。

なぜなら内なる静寂目覚めているだけでは、「真なる自己目覚め」は起きないからです。

たしかに瞑想などによって内なる静寂に留まり続けていれば、心は一時的には静かになりますが、「自己の変容」が起きない。

だから瞑想を終えて日常に戻ったら、その静けささえも失われてしまう。

その静けさはあくまでも自己の次元肉体/精神の次元という「顕現の次元」で体験されているものであるからです。

永続的な安らぎ・静けさ・穏やかさの源泉である「非顕現の次元」との中間に位置する聖なる次元への拡大・移行が起きていないからです。

 

ですが、それほどに異なる「内なる静寂目覚め」と「聖なるもの目覚め」は、これまで同じものとして語られてきたように思います。

これらは次元は異なりますが、同一線上のものであるとも言えるわけですから。

そのようなわけで、これまでの探究者は、その違いに気づきようがありませんでした。

 

私も暗黙知のレベルから、こうやってきちんと言語化して区別できるようになるまでに、このような時間がかかってしまいました。

申し訳ございません。

真なる自己目覚め」においてはその性質上、知的理解というものが往々にしてリアルタイムではなく、後からやってくるものですから・・・

 

今回の「内なる静寂聖なるものの区別」によって、目覚めが起ている生徒やお客さんも、自身の目覚めの状態やそのステージというものが明確に理解できるようになって助かったと言ってくださいます。

 

あなたが静かな時に感じている内なるものとは何なのでしょうか?

内なる静寂

聖なるもの

 

聖なるもの

その訪れが、あなたに「真なる自己目覚め」をもたらしてくれる恩寵による祝福のサインです。

 

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