「透明で純粋な心」それが「本当のあなた」

O. Y.様/48歳/女性/千葉県在住/探究歴:1.5年

以下のご感想は、Y. O.様から事務局宛(あて)に頂いたメールでのご感想を、ご本人のご許可をいただいて掲載させていただいたものであります。

目次

  1. 2018年11月4日/直接対面での個人セッション
  2. 木幡先生について
  3. 木幡 等によるコメント

 

2018年11月14日/直接対面での個人セッション/第1回目を終えて

私はラマナ・マハルシが大好きで、ラマナ・マハルシの写真集を見ています。

「あなたと一つになりたい」と、いつも心に在り、願い、写真集を見ていると、その心が大きくなるのでした。

写真集よりも、大きなラマナ・マハルシに会いたくて、久しぶりにパソコンを開きました。

インターネットでラマナ・マハルシを検索していると、なぜか木幡先生の記事を開いていたのです。

 

木幡先生の写真をじっと見ていました。

私の内から溢れてくる印象がありました。

「何を見ているのだろう・・・」と思いました。

記事を読み進めていくと、「強さ」そして「真の心」を見た気がしました。

「どうしたら会えるのか?」と思い、セッションを申し込みました。

 

実際にお会いした木幡先生は、やわらかな笑顔で迎えてくださいました。

私の抱いていた印象はどこへ・・・。

 

「沈黙による直接伝達」の時に、私の抱いていた印象がわかりました。

瞳孔をじっと見つめて・・・

グーっと引き込まれるのです。

 

「何を見ているのだろう・・・」と思っていたその答えもわかりました。

「見ていたもの」は、何もなかったのです。

 

「木幡等」という肉体を通して、「強さ」「真の心」が入ってくるのです。

すると、私は想念があっても入り込んで来ない不思議な空間のような場所にいました。

そして、ただ静かな愛の流れのようなものに包み込まれていました。

 

木幡先生について

他愛もない話をし、気がつかないような自然な感じで、セッションはいつの間にか始まっていました。

私は、表現力が極めて乏しく、言葉を探してしまったりするのですが、木幡先生は相手の心を汲(く)み取るのがとても上手なのです。

心を読むのではなく、心を汲み取るのです。

心を汲み取って下さるので、とても心地が良いのです。

 

印象的だったのが、木幡先生と同居している澄んだ瞳で何かを感じているネコちゃん。

「沈黙による直接伝達」が始まると先生の膝の上にやってきて、心地よさそうに静かに横になりはじめるのです。

一番の覚者はネコちゃんだと思いました。

ただ、そこにいるのです。

純粋な心で。

 

とても、ほのぼのとした時間でした。

 

思えば私は、知らず知らず、家に引きこもっていました。

最近、気付いた事は「知らないうちに探求者になっていた」という事です。

覚者の本を読みながら、「大丈夫だ」と根拠のない安心感。

襲ってくる大きな不安。

 

ラマナ・マハルシの「静かにしていなさい。」

ニサルガダッタ・マハラジの「あなたが静かになれば、物事は自発的に、全く自然に起こりはじめる。」

を心に刻んでいました。

「静かに在る」ことを意識していました。

 

「私に必要な事が現われる。私の内から現われる。必ず。」

これは、確信していました。

どんなに大きな不安に襲われても。

 

私は「師」を探しているわけではありませんでした。

しかし、私の目の前に「師」が現れたのです。

突然。

今だから、「師」と分かりましたが・・・。

木幡先生がインターネット上の画面を通して私の目の前に現れた時は「会いたい・・・」という心だけでした。

 

今、私はマハルシの言葉、マハラジの言葉を実感しているのです。

突然、私が動きはじめたのです。

ただ自然に起こりはじめたのです。

 

先日のセッションの時、木幡先生は「目覚めがそれなりに進んできた生徒たちもいるので、そろそろ本気で教えていく。今までのもママゴトだ。」と力強く語っていました。

そのことでグルジェフの話を思い出しました。

「奇跡を求めて」318ページ

「師と弟子のレベルの違いがある限度を超えると、道における困難さは弟子には超え難いものとなる。」

 

「弟子」と言わせてもらってますが、想念と戦うばかりでは、成熟していかなければ、弟子にもなれません。

はやく「弟子」と名乗れるようにしなければ。

想いは強いが、成熟が伴っておりませんので、口だけになっています。

 

今は、木幡先生から頂いた「強さ」「真の心」を実感しながら。

ゆっくりゆっくり浸透しています。

 

今、苦しみの涙はなく、ただただ愛を感じ、愛が沁(し)み渡っていき、ただ涙があふれます。

 

ありがとう。ありがとう。

 

木幡等によるコメント

読む人が読めばおわかりかと思いますが、O. Y.さんはハートという意味での『心の人』です。

しかも徹底した『ハートで動く人』です。

もちろん、それは感情的という意味ではありません。

『普遍的な愛や良心の通路となる心』の持ち主だということです。

 

初めてのセッションで千葉県という遠方から直接会いに来られた方は、2018年11月時点で女性ではO. Y.さんだけです。

ご予約のお電話をいただいた時も、

私:「何がお望みですか?」

O. Y.さん:「ただお会いしたいのです。セッションの日時や内容や時間は全てお任せします。」

そのやり取りだけで、「この方は、とても賢く成熟した方だ。絶対、ものになる。」と思いました。

覚者でなければ「私(木幡等)が本当は何者であるのか」の見極めがつくはずはないとしましても、私に対しても、そこまで明け渡せるということは、「人間としての私の心」というものを全面的に信じることができるほどの確信というものがあったからなのでしょう。

ですから私は、この時点ですでに、来たるべきセッションでの直接伝達の成功を確信していたわけです。

 

そのようなまっすぐな方ですから、シンプルで基本的で最も大切なこと、目覚めや悟りの神髄だけを心に留めてきた人です。

巷で氾濫しているスピリチュアル・ゲームのような遠回りをせず、ゴールに向けて直進してきた人です。

 

ですから『直接伝達』においても、即座に浸透していくのです。

吸水性に優れた上質なタオルのように・・・

濡れたタオルや干乾(ひから)びたタオルでは、そうはいきません。

 

「余計な教え」「不要な教え」「有害な教え」には触れてきていないので、私のアドバイスの真意を即座に理解して、素直に受け止めることができるのです。

頭の中に、いわゆるスピリチュアルな教えといったゴミやホコリを貯め込んでいないので、私も掃除の手間が省けるわけです。

つまり『言葉による伝達』におきましても、洗いたてのタオルのような方なのです。

 

私の想いを汲み取ることにおいても・・・

 

木幡等によるコメント2

O. Y.さんは、知性的なアプローチでいわゆる『知識の道』を行く人ではなく、感情的なアプローチでいわゆる『信仰の道』を行くタイプの人です。

 

プンジャジなども顕現としての神と会いたいがためだけに、ひたすら神の名を唱え続けていたわけです。

ヨガなどといった『知識の道』のやり方のように、「まずは身体を浄化して、第三の目を開いて、次はこうして・・・」などといったような段階的なアプローチではないということです。

 

彼らは、豊富な知識はなくとも、「今の自分にとって何が必要であるのか」を直感的に把握し、それに対する確信があるのです。

それは無知に由来する「低次の直感に従う」態度とは、根本的に異なります。

彼らは「直感的知性」が高いのです。

成熟という意味での純粋さがなければ、こうはできません。

 

そのようなまっすぐさに、私は感動しました。

 

O. Y.さん、良くやりました。

これで、あなたの探求は終わりです。

探していたものを、見つけたのですから。

 

あとは、それと一つになること・・・

「あなた」と「聖なるもの」とが、一つに溶け合っていくのです・・・

それは、愛や美しさの本質へと還っていく過程です。

 

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