「透明で純粋な心」それが「本当のあなた」

T. 様/40代/男性

以下のご感想は、T. 様から事務局宛(あて)に頂いたスカイプでのサイレンス・セッションのご感想を、ご本人様のご許可をいただいて掲載させていただいたものであります。

目次

  1. 木幡 等 Hitoshi Kowata のサイレンス・セッションとは
  2. T. 様/40代/男性 につきまして
  3. T. 様からのお便り
  4. スカイプでのサイレンス・セッション 2020年6月20日についてのご感想
  5. セッション後の経過についてのご報告
  6. 木幡先生はどんな人か

 

木幡 等 Hitoshi Kowata のサイレンス・セッションとは

木幡 等 Hitoshi Kowata のサイレンス・セッションとは、対話を主として木幡との質疑応答を行うことのできるダイアローグ・セッションに対して、さらには”沈黙による直接伝達”をもお受けになることのできる個人セッションのことです。

現在は、木幡の心身における負担を軽減するため、通常サイレンス・セッションは直接対面のものだけとなっており、スカイプでのサイレンス・セッションは木幡に余力がある時のみの期間限定で、それもごくまれにしか行われないという、現在は希少なセッションとなっております。

また、その他にも様々な理由があり、個人セッションは現在も”完全なるクローズド(閉鎖的なもの)”へと段階的に移行しつつある最中であります

 

T. 様/40代/男性 につきまして

今回、スカイプでのサイレンス・セッションをお受けになられ、事務局宛にご感想をお送りしてくださった T. 様は、これまでに当方のノーコンタクト・セッションもお受けになられたことはなく、今回のスカイプでのサイレンス・セッションが初めての当方でのセッションであり、木幡との対面も初めてでありました。

なお、今回のセッションにおきましては、”自己意識の永続化”ということが T. 様のテーマでありました。

 

T. 様からのお便り

木幡先生

先日は本当にありがとうございました。

おかげさまで、前回のセッションによって自己意識がさらに安定し、前部ヘッドセンターの感覚と明確な純粋意識にも触れることができました。

現在、前部ヘッドセンターのワークを楽しみながらやっています。

調子が良いと、エネルギー的変化(押されるような感じ)を眉間に感じますが、それでもまだすぐに失われはしますが。

下に今次のセッションの感想を書きました。

思いつくままに書いたので、とりとめのないものとなっておりますが、どうかご笑納下さい。

 

まず、木幡先生とのご縁に感謝いたします。

 

スカイプでのサイレンス・セッション 2020年6月20日 についてのご感想

初めてのサイレンス・セッションまで

現在私は国家公務員として行政に携わっておりますが、それ以前は医師として病院に勤務し臨床に携わっておりました。

がんなどの病気で苦しむ多くの患者さんたちを診療しながら、「本当に生きる」ということはどういうことなのか、を長年考えてきました。

 

医師は、近視眼的には投薬や手術により肉体の次元を治療しますが、その言葉や臨在により心や魂の次元まで癒(いや)せる存在でなくてはならない、という思いがずっとありました。

また、ガイドラインに沿った治療しかできない現在の職業医師の限界も感じていました。

 

そのような中、ご縁があり木幡先生のサイレンス・セッションを受けることができました。

 

セッション予定日の1週間前からは先入観を排除するため、あえて先生のホームページなどはあまり見ないようにして普通の日常を過ごしました。

 

セッション当日

開始前半は、伝達に用いられる言葉に誤解が生じないように丁寧に説明して頂き、本質的な理解を深めるためのレクチャーが行われました。

木幡先生にはまず深い理解があり、それを相手に理解しやすいレベルまで落として言語化して伝達してくれるので、自ずと理解が深まりました。

 

まずは、前部ヘッドセンターと自己意識について、通常は前部ヘッドセンターの安定化があり、それを助けとして自己意識(気づきの主体への気づきがある意識状態)の連続性が安定化するプロセスに入るのですが、私のケースでは断続的な自己意識はあるがヘッドセンターがない(弱い)というものでした。

また、生じている自己意識が堅固なものではなく、エネルギー的にはまだ不安定(はっきり感じられる時とぼんやりとしか感じれない時がある)なので、私はこれを機に今私に起きていることが正しいプロセスにあるものなのかを先生に確認することができました。

 

先生に習う、ということは何事においても大切です。

特に迷いの森に入りがちな意識の世界において、現在の自分の座標とこれから進むべき道を示してもらうことはありがたいことでした。

 

木幡先生からの前部ヘッドセンターの直接伝達の最中には、すぐに頭部にエネルギーを感じることができませんでした(実は、セッション後半に眉間を明らかに押されているような強いエネルギーを自覚するのですが・・・)。

先生は、「焦らなくていいよ。その効果に時間差が生じることもあるので、明日くらいには感じることができるかもしれないしね。また、あなたは自己意識が目覚めつつあるから、前部ヘッドセンターにはこだわらずに楽しんでトライするくらいでいいよ。」とのことで、私の現状においてはあまり本質的な問題ではない、といったご様子でした。

 

セッション前半が知性的な「理解」であったのに対し、休憩を挟(はさ)んでのセッション後半は意識の「体験」でした。

先生からは「前部ヘッドセンターよりも」ということで、「純粋意識」についての説明がありました。

 

そして純粋意識の直接伝達が始まりました。

 

その直接伝達の後は、何か質問があるかと聞かれても、なぜか左脳の活動が弱まり、言葉が出てこず、質問も出てきません。

これはセッション中にはよくあることらしく、言語脳と言われる左脳の過剰な活動が抑えられ、本来のバランスの良い状態に戻るからとのことでした。

感覚としては、気づきが深く、自己意識の感覚が持続的にあるので、思考がテトリスの様に降ってこないのです。

 

その後、あまり何をお話したか、正直よく覚えていません(何度か眉間にエネルギーを感じて、先生の話を遮って報告したことは記憶にあります)。

 

また、木幡先生の修業時代の話を聞いていた時には、「どんなに辛い時も、絶望しても、いつも見守ってくれている意識がある」と感じ、その慈悲に涙が溢れました。

 

そのような直線伝達の影響があり、あまり木幡先生のお姿の記憶もなく、背後から流れてくる詩的なエネルギーをただじっと感じていたのを覚えています。

心が温まる、なんとも優しい波動でした。

 

木幡先生が別れ際に、「あなたのハートが伝わってきた。久しぶりに人のまっすぐさに触れた。ありがとう・・・」という言葉があり、暖かいハートのつながりを感じました。

 

セッションを振り返れば、木幡先生を通じて意識から受け取ったものは、「そのままでいいよ・・・」というメッセージでした。

 

セッション終了後、10分くらいして満ちあふれるエネルギーの宿酔状態でベランダに出て座りました。

セッション中に何度か感じた前部ヘッドセンターにもう一度、意識を集中してみました。

目を閉じて眉間に集中すると、「それはもういいよ」という声が頭に響くと同時に、「これがそうだよ」という優しい声(メッセージ?)が聞こえ、頭の後ろを強く引っ張られる感覚とともに気づきを取り囲む黄金かピンクの泡のような美しい意識がやってきました。

そのエネルギーは、これまでにないほど明確でした。

なにが明確だったのか、それは「他力」によりもたらされた、ということです。

 

穏やかな優しい、一切の思考から自由な、ただただ漂(ただよ)っていたいような、そんな気持ちでした。

 

セッション後の経過についてのご報告

サイレンス・セッションの直後

セッション終了後、気づいたら寝ていた。

夜に目が覚める。

エネルギーが全身に流れているので、全身が火照って熱いくらいに感じられる。

特に手がジンジンと熱感を帯びている。

ぼーっとしたまま、また寝てしまった。

 

サイレンス・セッションの翌日

特に変わりない。

昨日感じていたエネルギーはどこかに行ってしまったようだ。

「もうすこし体調が良かったら」と思うが、一方で「起こることはただ起こる」と思う。

ずっと深い「気づき」があること。

自動思考に囚(とら)われない。

できる限り知性的活動を控えるように、とのことだったので、静かに過ごすとしよう。

 

サイレンス・セッションの二日後

朝、職場に向かう。

車窓から見る風景が清々しい。

世界は美しい。

木々や葉っぱが青々として命を感じる。

現れては過ぎ去る。

人生もこういうものだと思う。

 

人と会ってもネガティブな感情を残すことがない。

過去を思い悩まない。

いつも「自己意識の自覚」がある。

 

昼休憩中、横になり少し仮眠をとる。

眉間を通してビジョンが見える。

 

サイレンス・セッションの三日後

時々眉間を押されたような感覚として前部ヘッドセンターを感じるが、すぐに消えてしまう。

夜、瞑想をすると、無思考状態。

木幡先生がおっしゃっているように、堅固で連続性のある自己意識やヘッドセンターが確立していないと、本当に深い瞑想状態に入った時に眠ってしまう、という意味がよくわかる。

座っていても、以前のように自動思考に振り回されて苦しいということはなくなった。

 

木幡先生はどんな人か

人間木幡先生は非常に高い知性を持った方です。

基本的には茶目っ気のある方ですが、時にキリストのような神聖な表情になるかと思えば、(想念がよぎることのない)怖さすら覚えるような無機的な眼になる等、つかみどころのない不思議な方でした。

 

木幡先生は人間ですが、セッション自体は「内なる意識同士の接触」として起こっているということが(最終的には)わかってきます。

また、セッション中には、これまでの人生において味わったことのないほど強烈なインパクトのある体験が起きます。

 

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