「透明で純粋な心」それが「本当のあなた」

「高次のハートの直接伝達 2020.08.02」:「参加者の声」と「言葉による伝達」

この記事は2020.8.7、14:45更新いたしました。

更新内容

この記事下のコメント欄に、4名の参加者様から「ご感想のコメント」をいただきました。

「コメントによる伝達」を掲載いたしました。

コメント未記入の参加者様からのご感想もお待ちいたしております。

初参加の方々も「参加者の声」をお寄せください。

「高次のハートの直接伝達」に初めて参加される方へ

直接伝達時におきまして、特に初参加の時などは、緊張や気負いなどにより想念や感情に巻き込まれやすくなるため、自覚できるほどの大きな変化や効果を感じれない方もいらっしゃるようです。

ですが、それを二回、三回と続けていくうちに、緊張や気負いなどもなくなり慣れてきます。

 

また、初めは自覚できるほどの変化や効果は感じられなかったにしましても、その伝達はあなたの意識内に浸透していきます。

翌日の効果や変容のみならず、継続参加されることにより、やがては明らかに自覚できるほどの効果や変容が生じてくるはずです。

すぐ下の「参加者の声」をご参照ください。

 

「参加者の声」

 

コメント欄へのご感想コメントについて

高次のハートの直接伝達」において、直接伝達の受けとり方は、人によって様々であり、受け手の意識状態によって異なります。

 

そして、同じ1人の受け手におきましても、その日の身体やエネルギー的なコンディション等によって、毎回毎回、受けとった時の印象や感覚が変わってくることもあります。

 

また、たとえば私は毎回の「純粋意識の直接伝達」におきましては、くつろぎのエネルギー純粋意識の流入をベースに、その時々により、その他の様々な要素の比重を変化させております。

時にはヒーリングによる浄化の効果を強めたり、ハートの浄化や活性化における働きかけの要素を強めたり、引き込みへの働きかけを強めたり、などといったように・・・

 

ですから、その日の伝達において何を受けとったかということにおきまして、正しい答えはありません。

あなたが感じた率直なご意見をお聞かせください。

 

なお「参加者の声」としてお寄せいただいたコメントは、「お客様の声」やその他の記事などに転載させていただく場合がございます。

ご了承ください。

コメント欄へのご感想コメントの書き方について

【事務局より】

次回の高次のハートの直接伝達」をお受けになられてのご感想のコメントは、こちらの記事下のコメント欄にお願いいたします。

コメントは当事務局側からの承認制となっておりますので、お書きになられたコメントは、記事上にすぐに反映はされません。

 

コメント欄からのご質問につきましては受け付けておりませんので、木幡へのご質問がおありの方は、ダイアローグ・セッション特別セッション等での質疑応答のお時間にお尋(たず)ねくださいますよう、よろしくお願いいたします。

さらに理解を深めたいという方は、有料記事をお読みになられることをおすすめいたします。

 

なお、直接伝達による効果に直接由来しない体験等に関するコメントにおきましては、読者を混乱させてしまうことが予想されるため、こちらで該当箇所を削除させていただく場合がございます。

また、一般読者に伝わりにくい表現などにつきましては、こちらで修正させていただく場合がございます。

当然のことではございますが、当方や読者様方への常識的な礼儀やマナーを欠いたコメントは掲載いたしかねます。

ご了承ください。

 

コメントご記入の際は、

お名前を本名または大文字のイニシャル表記(姓のアルファベット. 半角スペース 名のアルファベット. / 例:木幡等 → K. H.)で、

また、誠にお手数ではございますが、木幡がコメント欄からの発言者のことを把握しやすくするためと共に、他の読者様のご参考になりますよう、

「年齢または年齢層」「性別」「お住いの都道府県等」「(ノーコンタクト・セッションにおいての)参加状態」の表記もお願いいたします。

(例1:K. H. / 5歳 / 男性 / 島根県 / 今月より初参加)

(例2:H. K. / 30代 / 女性 / ロサンゼルス / 2018年11月より連続参加)

表記がない場合は、こちらで記入させていただきます。

 

同業者の方のお名前の掲載は、自身の宣伝のためなどといった不純な動機でのコメントにより、読者を混乱させてしまうケースが起こり得るため、イニシャル表記に修正させていただく場合がございます。

なお、コメント記入時にご記入されたメールアドレスやURLは公開されませんので、ご安心ください。

 

伝達時間

○○:○○~○○:○○

 

木幡 等 Hitoshi Kowata のノーコンタクト・セッション

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コメント

  • コメント (4)

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    • F. R. / 40代 / 女性 / 神奈川県 / 2020年6月より連続参加
    • 2020年 8月 03日

    木幡先生

    「高次のハートの直接伝達」をありがとうございます。

    伝達の間、優しく暖かいエネルギーが肉体と精神のレベルから魂のレベルまでまるごと私を包むように感じると共に、私がそのエネルギーを包んでいるような感じでどちらが自分か分からないようでした。
    そのエネルギーに溶けていると、この世界に存在できているのが祝福されていることのように思えて、孤独や不安が消えていきました。
    そして、あまりの心地良さに熟睡してしまい、朝寝坊をするところでした(笑)

    エネルギーに包まれている時に何か深遠な答えのようなものがあったのですが、残念ながら朝には思い出せなくなってしまいました。
    思い出せなくても、蓄積されていつか全てにつながる時が来るといいのですが…。

    優しく暖かい伝達をありがとうございました。
    一緒に受けた皆様にも感謝です。

    また次回もよろしくお願い致します。

    • O. S. / 50代 / 男性 / 神奈川県 / 2020年1月より連続参加
    • 2020年 8月 03日

    木幡さん

    高次のハートの直接伝達ありがとうございました。

    昨夜は開始前に座りながら臨んでおりました。
    すぐに引き込みが生じていたところに、意識状態ががらりと変わりました。
    身体的なエネルギーではなく、意識における次元が変わりました。

    ごくごく幼児期の感覚に残っていた充足感のような。
    そこから出たくなくて。

    • I. H. / 40代 / 男性 / 栃木県 / 2020年2月より連続参加
    • 2020年 8月 03日

    師匠

    伝達中は、内なる音がまるで蝉時雨のように鳴り響きました。

    それは、海のように深い愛、慈悲であると同時に、今回強く感じたのは、<深遠なる神秘の叡智>でした。

    私は畏敬の念を抱きました。

    高次において、愛とは、智慧でもあります。

    ・過去の聖人が、探求の最終段階において、
    バクティヨーガ(愛、帰依の道)と、ジニャーナヨガ(智識、智慧の道)、
    これらがが同じものになると言及していたり、

    ・また、阿弥陀三尊の阿弥陀如来の両脇侍が、
    観音菩薩(慈悲の象徴)と、勢至菩薩(智慧の象徴)
    であったりと、

    今までも、愛 と 智慧 とは、統合されるものであるという知的理解はありました。

    それを今回の伝達の中で初めて、直接(非言語的な理解で)、識った気がします。

    ありがとうございます。

    さて、思考者/行為者の私としては、日々の生活の中で、もっともっと「謙虚」になろうと決めました。
    というとあまりにもごく普通の意味に聞こえるのですが、
    ここでの「謙虚」の意味はごく当たり前の意味も含み、また聖なる意味での理解でした。

    来週もよろしくおねがいいたします。

    • I. D. / 40代 / 男性 / 宮崎県 / 2019年12月より連続参加
    • 2020年 8月 03日

    木幡等先生

    お世話になります。
    昨日も「高次のハートの直接伝達」をありがとうございました。

    唐突ですが、私たちの意識というものは往々にして外側に向かいがちかと思います。
    熟睡時はさておき、むしろそれが当たり前で、生まれ落ちた瞬間から肉体的には生存に危険が伴うわけですから、脆弱な生命体としての意識は外に外に向かうように自然となります。

    ただ、それをそれぞれの人生においてそのように在ることを自然なこととして、とくに疑問を抱かなくてもすむ人々もいれば、そうでない人々もおります。
    良くも悪くも深くかなりの疑問を抱いたタイプの私かなとは思うのですが、意識を内側に向けて、親切に先生に引きずっていただき、本来の逆説的にまっとうな意識のあるべき場所への示唆に従い、てくてく歩んで参りましたが、その場所すら無に帰するような、とんでもない未曾有の景色が見えました。

    なんだかこの世界のことが小さく感じられます、というよりかは、阿保らしくてもう悩むことができないくらい、わかり易く言えば、あたたかく慈愛に満ちた世界が私たちの意識の背景には、その背景の世界と密接なつながりを持っていることは忘却しつつも、実は広がっているんだと感じました。

    林檎をかじる以前の意識の居場所へこの世界に居ながらにして還る、そういうことなのかと思索なしに思索が起きたりしております。

    皆さまと共に、誠にありがとうございました。

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