「透明で純粋な心」それが「本当のあなた」

「ハートセンターの直接伝達 2020.07.12」:「参加者の声」と「言葉による伝達」

この記事は2020.7.14、19:17に更新いたしました。

更新内容

この記事下のコメント欄に、4名の参加者様から「ご感想のコメント」をいただきました。

木幡本人からの「言葉による伝達」を書き始めています。

コメント未記入の参加者様からのご感想もお待ちいたしております。

初参加の方々も、「参加者の声」をお寄せください。

「ハートセンターの直接伝達」に初めて参加される方へ

直接伝達時におきまして、特に初参加の時などは、緊張や気負いなどにより想念や感情に巻き込まれやすくなるため、自覚できるほどの大きな変化や効果を感じれない方もいらっしゃるようです。

ですが、それを二回、三回と続けていくうちに、緊張や気負いなどもなくなり慣れてきます。

 

また、初めは自覚できるほどの変化や効果は感じられなかったにしましても、その伝達はあなたの意識内に浸透していきます。

翌日の効果や変容のみならず、継続参加されることにより、やがては明らかに自覚できるほどの効果や変容が生じてくるはずです。

すぐ下の「参加者の声」をご参照ください。

 

「参加者の声」

 

コメント欄へのご感想コメントについて

ハートセンターの直接伝達」において、直接伝達の受けとり方は、人によって様々であり、受け手の意識状態によって異なります。

 

そして、同じ1人の受け手におきましても、その日の身体やエネルギー的なコンディション等によって、毎回毎回、受けとった時の印象や感覚が変わってくることもあります。

 

また、たとえば私は毎回の「純粋意識の直接伝達」におきましては、くつろぎのエネルギー純粋意識の流入をベースに、その時々により、その他の様々な要素の比重を変化させております。

時にはヒーリングによる浄化の効果を強めたり、ハートの浄化や活性化における働きかけの要素を強めたり、引き込みへの働きかけを強めたり、などといったように・・・

 

ですから、その日の伝達において何を受けとったかということにおきまして、正しい答えはありません。

あなたが感じた率直なご意見をお聞かせください。

 

なお「参加者の声」としてお寄せいただいたコメントは、「お客様の声」やその他の記事などに転載させていただく場合がございます。

ご了承ください。

コメント欄へのご感想コメントの書き方について

【事務局より】

次回のハートセンターの直接伝達」をお受けになられてのご感想のコメントは、こちらの記事下のコメント欄にお願いいたします。

コメントは当事務局側からの承認制となっておりますので、お書きになられたコメントは、記事上にすぐに反映はされません。

 

コメント欄からのご質問につきましては受け付けておりませんので、木幡へのご質問がおありの方は、ダイアローグ・セッション特別セッション等での質疑応答のお時間にお尋(たず)ねくださいますよう、よろしくお願いいたします。

さらに理解を深めたいという方は、有料記事をお読みになられることをおすすめいたします。

 

なお、直接伝達による効果に直接由来しない体験等に関するコメントにおきましては、読者を混乱させてしまうことが予想されるため、こちらで該当箇所を削除させていただく場合がございます。

また、一般読者に伝わりにくい表現などにつきましては、こちらで修正させていただく場合がございます。

当然のことではございますが、当方や読者様方への常識的な礼儀やマナーを欠いたコメントは掲載いたしかねます。

ご了承ください。

 

コメントご記入の際は、

お名前を本名または大文字のイニシャル表記(姓のアルファベット. 半角スペース 名のアルファベット. / 例:木幡等 → K. H.)で、

また、誠にお手数ではございますが、木幡がコメント欄からの発言者のことを把握しやすくするためと共に、他の読者様のご参考になりますよう、

「年齢または年齢層」「性別」「お住いの都道府県等」「(ノーコンタクト・セッションにおいての)参加状態」の表記もお願いいたします。

(例1:K. H. / 5歳 / 男性 / 島根県 / 今月より初参加)

(例2:H. K. / 30代 / 女性 / ロサンゼルス / 2018年11月より連続参加)

表記がない場合は、こちらで記入させていただきます。

 

同業者の方のお名前の掲載は、自身の宣伝のためなどといった不純な動機でのコメントにより、読者を混乱させてしまうケースが起こり得るため、イニシャル表記に修正させていただく場合がございます。

なお、コメント記入時にご記入されたメールアドレスやURLは公開されませんので、ご安心ください。

 

伝達時間

○○:○○~○○:○○

 

 

8月期のご予約も受け付けております。

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コメント

  • コメント (10)

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    • S. Y. / 50代 / 女性 / 東京都 / 2018年11月より連続参加
    • 2020年 7月 13日

    木幡先生

    いつもお世話になっております。
    「ハートセンターの直接伝達」をありがとうございました。

    胸の辺りから始まって、身体全体に温かいエネルギーが広がり、その後エネルギーが上昇し、頭にも広がっていきました。

    心が生き生きとして、どんどん自由になっていきました。
    まるで無邪気な子供のようでした。

    そうしていると、深い受容の感覚が生じてきました。
    まるで「こっちへ来なさい」と言われているようでした。
    行為者としての私のすべてが受け入れられ、赦されていました。

    「こんなふうに親に愛されたかった。」一瞬思いが浮かびました。

    その後は、穏やかな幸せに満たされて座っておりました。

    伝達終了後、涙が流れました。
    というか、大泣きしてしまいました。
    感動がとめどなく押し寄せて、どうしようもありませんでした。
    (ですから、珍しく、伝達当日にコメントをお送りしました。)

    「純粋意識の直接伝達」は、圧倒的な神聖さを感じます。
    神々しい神の意志を、私はひたすら受け取らせていただくという感じです。

    「ハートセンターの直接伝達」では、深い受容を感じました。
    私の在り方が変わります。扉が全開になっていく感じです。
    すべてを信じていて、とてもポジティブで、温かで、優しいです。

    前回、I.D.さん宛のコメント欄※で先生が書かれていらしたように、あの世とこの世の中間という感じがいたしました。
    ※. https://kowata0.com/direct-transmission-with-no-contact-heart-center-20200705

    私は観照者がよくわからないのですが、行為者を越えた者、でもきっと魂の次元未満、とも思いました。

    なぜなら、行為者としての私のすべてを赦していることから、行為者を越えていること。
    でも純粋意識の直接伝達で感じるような、圧倒的な神々しさはなく、もっと親密だからです。

    わかりもしないのに、すみません。

    本当にありがとうございました。
    とても幸せです。

      • 木幡 等 Hitoshi Kowata
      • 2020年 7月 13日

      (^^♪
      まずは上記のコメントを、読者様方がわかりやすいよう、なおかつ、あなたの理解が正しいものとなるように、私なりに修正してみましょう (^^♪

      *********
      【修正前】
      行為者としての私のすべてが受け入れられ、赦されていました。
      「こんなふうに親に愛されたかった。」一瞬思いが浮かびました。
      その後は、穏やかな幸せに満たされて座っておりました。
      *********
      【修正後】
      人間としての私の想いのすべてが受け入れられ、赦されていました。
      「こんなふうに親に愛されたかった。」一瞬思いが浮かびました。
      その後は、穏やかな幸せに満たされて座っておりました。
      *********

      つまり、長年あなたは『自身の心の中に抱え込んできた想い』というものを否定して生きてきた。
      それは、とても辛いことだった。

      しかし『ハートでの受容』、そのような在り方によって、「長年抱え込んでいた想い」を『思考によってジャッジすること』なく、『あるがままに無条件に受け容れること』ができた。
      そのような意味においての『優しい在り方』で受け入れることができた。
      それは『思考によって、こうあるべきだという不自然な型に嵌められた窮屈な在り方』からの解放であり、『魂に由来する本来の優しい在り方』を垣間見る体験ともなった。

      それゆえに「伝達終了後、涙が流れました。というか、大泣きしてしまいました。感動がとめどなく押し寄せて、どうしようもありませんでした。」というような状態になったのではないのかな?

      つまり(あなたもおわかりでしょうが)個人セッションにおいて、私が『魂に由来する本来の優しい在り方』で接することによって、お客様が涙を流されるように、今回の伝達時には、あなた『魂に由来する本来の優しい在り方』で人としてのあなたに接することによって、涙が止まらなかったのではないのかな?

      だから、それは行為者や観照者などといった観点から語ることではないと私は思う (^^♪
      もっとシンプルなことだ (^^♪

      『癒しや浄化』という観点から語ることもできるでしょう。

      「わかりもしないのに、すみません。」とあなたご自身が書いておられるように、『わからないことはわからないまま受け入れていく』こともまた、大切なんじゃないのかな・・・

      (以下は一般論としてですが、)
      人はすぐに答えを出したがる。
      なぜなら『わからないままの状態』というのは、『ある種の不安な心の状態』でもあるからね。

      あなた:「なんで急に、こんなに熱が出るんだろう?(不安)」
      医者:「インフルエンザです。(答え)」
      あなた:「なんだ、インフルエンザだったのか、あぁ良かった・・・(不安からの解放という意味での安心)」
      みたいにね(笑)

      このようにして、『わからないということの不安』は取り除かれる。

      しかし、今回のコロナにまつわる諸々のことのように、私たちにとって『わからないもの』というものはたくさんある。
      それは『ある種の不安な心の状態』だ。
      だから、人々はその『わからないという不安』にも耐えられなくて、『わからないという現実』をそのまま受け容れずして回避するために、『その場しのぎの間違った答え』を出してしまう。

      ですから私たちは『その場しのぎの間違った答え』に振り回されることのないよう、『わからないことはわからないまま受け入れていく』、そのような知性や勇気(ハートに含まれる)もまた必要なのです。

    • F. R. / 40代 / 女性 / 神奈川県 / 2020年6月より連続参加
    • 2020年 7月 13日

    木幡先生

    今回のハートセンターへの直接伝達は非常に力強く届きました。
    ありがとうございます。
    言葉で表現しきれないので、意味が分からないようであれば削除修正をお願いいたします。
    しかもすごく長くなってしまいました (^_^;)

    今回の伝達は脳と首から下のはっきり2つ別々に分かれていました。

    首以下は、まるで整体を受けているように大きなエネルギーで解きほぐされて何かが在るべき場所へきちんと納められたようでした。
    最後に胸の中心に欠けていたパズルピースをはめるように大事な何かがピシッとはまると、心も体も完全なリラックスモードで幸せにくつろぐ事ができました。

    それと並行して頭の中でも大きなエネルギーが渦を巻いていて、それに巻き込まれると後ろに引っ張られるような感覚が起こり、また意識が落ちてしまいそうだったので、それが良かったどうか分からないのですが、必死に踏み止まりました。
    そして、大きな渦の中で私の他にもう1人「私」が目を開き静かに私を見つめ、驚く私が「私」を見つめるというグルグル回る意識の円環が生じていました。

    私と「私」が重なり一つになって身体を見るとひどく遠くにあるようで、リラックスした身体と静かに見つめる意識だけでそのまましばらく座り続けました。
    何かの刺激でまたいつもの私が出てくると、身体の感覚が遠過ぎる事に不安が生じ、かなり努力して身体を横たえ眠ってみる事にしました。

    少し眠って起きた今、だいぶ感覚は近くなっており、仕事に支障はなさそうです。
    それでも意識を奥に合わせると、また遠くなって静かになります。

    胸に手を置くと最後のピースがキラキラするので、意識が中央に戻ってきます。

    今回のハートセンターの伝達は、肉体的部分は生命力溢れる力強いエネルギーで正しく調律された感じでした。
    脳内は精妙なエネルギーで自分では行かれない所へ導かれたようでした。
    それは今まで送って頂いた伝達の積み重ねがあるからと感じます。

    なんだか、まとまりのない感想で申し訳ありません。

    木幡先生、伝達を一緒に受けている皆様に感謝を込めて。

    また、次回もよろしくお願い致します。

      • 木幡 等 Hitoshi Kowata
      • 2020年 7月 13日

      >それと並行して頭の中でも大きなエネルギーが渦を巻いていて、それに巻き込まれると後ろに引っ張られるような感覚が起こり、また意識が落ちてしまいそうだったので、それが良かったどうか分からないのですが、必死に踏み止まりました。

      それは直感的知性※に基づく正しい選択です。
      ※. https://kowata0.com/words/on-the-importance-of-intuitive-intelligence-in-meditation

      >何かの刺激でまたいつもの私が出てくると、身体の感覚が遠過ぎる事に不安が生じ、かなり努力して身体を横たえ眠ってみる事にしました。

      「身体の感覚が遠過ぎる事に不安が生じるあなた」と「どこかに帰りたいあなた※」とのせめぎ合いなのかな・・・(^^♪
      ※. https://kowata0.com/direct-transmission-with-no-contact-pure-consciousness-20200709

      厳密に言うなら、『悟りへの道』とは『自己意識としてのあなたが(自覚を伴った状態で、その根源である)魂の次元に帰ること』ですが、一般的に『自己探求』とは、そのために『魂としてのあなた(本当のあなた)を愛すること』となどして、よく喩(たと)えられています。

      自己探求において、魂(寄りの次元)と身体(の次元)との間を揺れ動く自己。

      それは『本命(魂)と浮気相手(身体)との関係に揺れ動く複雑な乙女心』を悩ませる『最も危険な恋』であり、それこそが『人類における最大の不倫(煩悩)※』なのかもね・・・(笑)

      ※. 聖書における「エデンの園」の物語は、アダムとイブが禁断の果実を食べてしまったことによって、楽園から追放されてしまった物語である。
      そして、現代のアダムとイブである私たちは、身体や想念の次元に夢中になってしまったことによって、魂の次元から切り離されてしまったのである。

        • F. R. / 40代 / 女性 / 神奈川県 / 2020年6月より連続参加
        • 2020年 7月 13日

        木幡先生

        お忙しい中コメントありがとうございます。

        あえて目を背けて見ないようにしていた事をズバリご指摘していただけたので、やはり向き合わないとダメなんだなと反省いたしました。

        魂の探求にどうしようもなく魅了されるのに、予測不能でコントロールできなくなる不安に立ちすくんでしまう・・・
        たしかに、こう書くと「最も危険な恋」みたいですね(笑)

        少し見方を変えて流れに身をゆだねる心の余裕が出そうです。
        ありがとうございました。

        また明後日の伝達でもよろしくお願いいたします。

        追記:HPの改変で記事見やすくなりました。

    • I. D. / 40代 / 男性 / 宮崎県 / 2019年12月より連続参加
    • 2020年 7月 13日

    木幡等先生

    いつも誠にお世話になります。
    昨日は「ハートセンターの直接伝達」第二回目をありがとうございました。

    ひとことで申しますと、「ハートセンターの直接伝達」の体験を言語化することがなんともむつかしい、です。

    とりとめもなく語りだせばいくらでも言語化はできそうなのですが、核心がまるでわからない。
    ですので語りだすことができません。
    I.D.コメントに関してはお手上げ状態です。

    言葉にするならば、とてつもなきあたたかきものとの接触がありました。
    にもかかわらず、それが過ぎ去ったあと、それをどう言語化したら良いのかと途方にくれるとともに、ぽかんとひとり、虚空の真っ只中に投げ出されたような状態です。
    不安というよりは、理解できないものに遭遇した後の戸惑いのような。

    今までハートととらえていた対象物とはまるで違いました。
    観照者すら消えてしまう、得体のしれないもの、絶対無ではなく絶対愛といえば近いのかもしれません。

    赤子の意識に戻れば、涼やかに溢れるほどにあるがままに楽しい伝達時間だったようには思うのですが、なにしろ色んな”くくり”を覚えてしまった大人としてはなんだか切なくもあります。

    成熟したライオンのハートに出会い、自分のハートが実にヨチヨチしたものに退化していたことを感じたというか。

    うまく伝えられません。

    ただ、また皆さまとともに、ありがとうございました。

      • 木幡 等 Hitoshi Kowata
      • 2020年 7月 14日

      >ひとことで申しますと、「ハートセンターの直接伝達」の体験を言語化することがなんともむつかしい、です。

      申し訳ございません(笑)
      わたくしめですら、そもそもハートというものを厳密に定義することが難しいのですから・・・

      私が言うところの『真のハート』とは、感情次元での個人的な感受性よりも繊細で柔らかで、かつ普遍的な愛や良心などを備えた『魂の次元における感受性』とでも言えば良いのかな。
      そして、私が言うところの『高次のハートセンター』とは、そのような『魂としての私たちの感受性の扉』とでも表現できるのではないか・・・

      私は「ハートセンターの直接伝達」によって、魂としての私たちのコミュニケーションを可能とさせる、そのような扉を開きたいと思っているのです。

    • I. H. / 40代 / 男性 / 栃木県 / 2020年2月より連続参加
    • 2020年 7月 13日

    師匠

    皆様

    ありがとうございました。

    前回頂いた「言葉による伝達」で、ハートへの理解が深まりました。

    ・「ハートセンターへの直接伝達」の「ハート」とは、肉体次元寄りの胸部のハートチャクラ も含むものの、
    それを超越した「高次のハート」「普遍的な愛の窓・恩寵の扉」であると。

    私は、これまで上記の意味での「ハート」を意識したことがありませんでした。
    なぜかというと、知的レベルにおいて、低次も高次も意味が混ざっていた為です。
    また、そもそも伝達なしで「高次のハート」を意識できるものかどうかもわかりません。

    この点を前回の伝達時は少々勘違いしており、なんとなく低次のいわゆる胸のハートチャクラを意識してしまっていたのですが、
    (もちろん肉体寄りのセンターも活性化して頂いたので完全な間違いではないと思うのですが)
    今回は、もっと身体をニュートラルな(中立的な)在り方で、かつリラックスして受けることができました。

    伝達時間が始まると、ヘッドセンターの感覚が強くなり、全身が心地よく揺れ始め、そして同じく全身に温かさを感じました。
    全身がひとつになって脈を打つような、鼓動のような感じを受けました。
    そして、いつものように身を任せるうちに、身体が調整されて余計な力が抜けていきます。

    ヘッドセンターの前部、ヘッドセンターの後部を感じたまま、身体、特に首から下の感覚意識がふんわりと薄くなって消えていき、ごく自然に微細で、深いとも浅いとも言えないが完璧に充足できる、気持ちの良い呼吸(への自然な観察)が残ります。

    愛の中に浮いている感じでした。

    やはり「今この瞬間、あらゆる存在への受容」と「至福」いう表現が私にとっては正しいように思えます。

    ありがとうございました。

    (以下、伝達とは直接は関係ありません。間接的には関係がありますが、もし間違いや不適切さがあれば削除ください)

    ・先程帰ってきて、プンジャジの「覚醒の炎」を読み返してみたら、プンジャジがラマナ・マハリシの臨在によって、
    「ハートの覚醒」をする場面が描写してありました。

    「物理的な心臓のことではない、身体の特定の場所でなく、内側にも外側にもない、むしろ存在するすべてを支える基盤である霊的なハートである。(P11~12)」

    と描写しており、「まさに!」と腑(ふ)に落ちました。
    昔読んだ際には理解できなかった部分です。

    ・それから前回、只管打坐(しかん・たざ)について、師が言及されていまして、思うところがありました。
    坐禅については、(昨今はだいぶ昔よりも緩和されたものの)どちらかというと修行の厳しい面ばかりにフォーカスが当たっている気がします。
    ただ道元禅師は、普勧坐禅儀や正法眼蔵で、坐禅とは、「安楽の法門」であると記しています。
    しかし、「坐禅 安楽の法門」で検索すると、なんとなく腑に落ちていない方が多い気がします。…たとえ脚の苦しさがあっても、それは安楽の法門なんだ、、みたいな自分を無理矢理だましだまし納得させていたりとか。

    坐禅は、高次のハート「普遍的な愛の窓・恩寵の扉」をある程度感じられることによる至福感で、はじめて「安楽の法門」になるのではないでしょうか。たしかにこのように無為に座るなら、安楽です。(時に座位や脚の組み方による苦があるとしても、それとはまた別次元の楽です)

    また、そもそも高次のハート「普遍的な愛の窓・恩寵の扉」が、ある程度目覚めていないと、何もしないで座る、というのはそれだけで苦行になるのではないでしょうか。

    「恩寵が、愛が、この瞬間への全き完璧な受容の在り方」だとしたら、それが全く目覚めていない状態ということは、逆に、「今この瞬間への何らかの抵抗、拒絶がある」ということになります。
    そして、<何もしないで座る>という無為は、その抵抗や拒絶感をむき出しにします。

    私が若い頃に精神的に病み、生活に困窮した孤独な時期は、瞑想が、本当にただの苦痛でした笑。
    押し寄せるものに対峙するだけで精一杯でした。
    今はそれを懐かしく思います。

    「ハートセンターへの直接伝達」は、人間の潜在的な抵抗や拒絶感(トラウマといってもいいかもしれません)を剥がし、愛の受容<この瞬間をハートでただただ感じること>へ導くもので、それは美しい浄化の経験になると思います。

      • 木幡 等 Hitoshi Kowata
      • 2020年 7月 14日

      ごめんなさいね。

      ハートについての私の知的理解が、まだ曖昧であるがゆえ、その説明さえもが曖昧となっていたからです。
      それゆえ、その直接伝達時においても、強調すべき本質というものが曖昧になっていたのです。

      >愛の中に浮いている感じでした。

      魂の次元でしか感じることのできない、その感じを伝いたい。
      その感じを大切にして欲しい。

    • 木幡 等 Hitoshi Kowata
    • 2020年 7月 14日

    みなさんのコメントのお陰で、まとまってきたぞ。

    つまり、
    魂の次元の低位層においての、気づきの主体がハートであり、優しくそれを包み込んでいる環境というものが純粋意識というわけです。

    よって、
    魂の次元の低位層においての、気づきの主体がハートであり、その気づきの対象は純粋意識となる、いうわけです。

    ですから、たとえ気づきの対象が純粋意識であっても、気づきの主体がハートではなく、感情や(人としての五感的な)感覚や心理的なものであるのなら、それは純粋意識との接触における、『魂の次元での接触』ではなく『肉体次元での接触』になるということです。

    もちろん私は、一年以上にわたる『意識の根源からの絶え間なき引き込み期』を終えたことにより、純粋意識の次元をも超えておりますが・・・
    なので、私は純粋意識との接触時における感覚というものを、もはや覚えておりません。
    それゆえ、純粋意識についての詳細な説明は苦手なのです・・・(笑)

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